結婚したら二宮に住もう!

vol.23「ニンジン」

vol.23「ニンジン」

 小さな箱にちょこんと座って、タンタンタンと坂道を昇っていきます。昇るにつれ、単調なそのリズムが体じゅうに伝わってきて、胸の高鳴りなのか、機械の音なのか、どちらがどっちだか分からなくなった頃、一瞬だけ箱が止まります。
 長かった冬が終わり春への一歩を踏み出す瞬間。
3月になると、木の芽が吹き出し、競うように花が咲き、野山はあたかも千手観音のようにあちこちから私を手招きします。畑の土は「そら蒔け、ほら蒔け、種を蒔け」と歌いだす始末。
 ここから先はジェットコースターで下るように、忙しい毎日が過ぎていきます。と、毎年言っていたのですが、今ふと気が付きました。レールのあるジェットコースターではなくて、諏訪大社祭礼の御柱にまたがって坂を落とされていく方が、グンと近いイメージかもしれません。操縦のすべなし、で一年が怒涛のように過ぎていくのです。

 冬の間に書こうと思って、途中で挫折したネタや、書きたい想いがあふれて手に余るネタ。いつか機が熟すのを待つとして、とりあえず、旬のあるこのネタを書いておこうと思います。

この冬、「いや~、うちのニンジン、めっちゃうまっ!めっちゃあまっ!」の年でした。ニンジンスティック(生)で食べて、思わず唸るほど。玄関を走り出て、道行く人に「うまいっすよ~、これ~。」と声をかけまくりたい衝動をやっとのことで抑え込みました。
おいしくできたのはなぜでしょう?有機農法で土壌がうんぬん・・。とは申しません。ほったらかしなので、「愛情が決めて」なんて言ったら、何処からか石が飛んでくるからやめておきます。思い当たることといえば「イノシシの襲撃を受けて、難を逃れて、生き延びた奴らだから~(チコちゃん風)」です。

イノシシに泣かされながらも、彼らの行動を観察していると、結構いろんなことがわかってきます。
彼らの畑での(我々にとっての)悪行はイモ類の完食だけにとどまりません。出そろった芽や植えたばかりの苗をほじくり返す習性があるのだけれど、とりわけニンジンが好きなようで、葉が10cmくらいに育つのを待って必ず襲ってきます。例年、号泣です。それもニンジンを食べるわけではなく、ニンジンが育っている土に集まる虫が好きなのか、鼻でひとしきり掘り起こして去っていくのですね。彼らが去った後には、朝鮮人参を彷彿させるシナシナのオレンジの物体多数。どうせならきれいに食べて、ご馳走様の一言でも言ってくれれば・・。
というわけで、この数年、まともにニンジンが収穫できずにいたのですが、なんと今年はどうしたものか全滅は免れました。各所で島状に残った、恐怖に震えるニンジンたちに「怖かったねー、つらかったねー。」と声掛けしてあげました。そして待つこと1か月。
ニンジンたちの涙がその身を甘くし、恐怖に打ち勝った自信がうまみに代わっていく。そんな想像をめぐらしながらニンジンステッィクをぼりぼりと食べています。

 同じ地球上で、今まさに戦争に巻き込まれている人たち。コロナ禍で笑顔を失っている人たち。
 今の悲しみ苦しみの先に、こんなニンジン話のようなくだらない話で笑いあえる日が、どうか来ますように。
大好きな武者小路実篤の詩を思い出しました。
我人々と同じく/風雨にさらされ/人々と同じく/雪霜になやまさるれども/我は天与の食物をとりて/その内より甘露を集めて/わが実をつくりたるなり。(『柿の賦』の一部)
(2022-3-2)

画像の説明
甘露を集めたニンジン

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