vol.25「夏はカブトムシ」
vol.25「夏はカブトムシ」
とことん寝苦しい7月の夜。ようやくウトウトした私は、トントンと玄関のドアをたたく小さな音で目が覚めました。時計の針は午前2時。まぎれもなく、丑三つ時の訪問者です。さすがにドアを開ける勇気も、「こんな夜中に、どなた~?」と明るく応答することもできずに息を殺していると、トントントコトンもう一度ノックの音が聞こえます。仕方がないので、玄関の方が見える窓をそーっと開けて気づかれないように覗いてみることにしました。
な、なんとそこには巨大カブトムシ。
「そういえば、数年前(バックナンバーvol.12参照)もこんなことがあったっけ~。」などと、明るくなごむには、その場に流れる空気があまりにも違うことに気が付きました。
黒い鎧は艶を失い、両前足は前にだらんと突き出して精一杯「うらめしや」のポーズを作っています。とどめは、頭の額に巻いた白い三角の布(『天冠』と言うそうですが)。一瞬にして背筋までクールになって、お陰で汗もすっかり引きました。
そーっと窓を閉めて、胸に手をやると、思い起こされることはただ一つ。数日前、白昼の畑で起きた出来事でした。
☆
畑でね、
刈払機で草刈りをしててね、
ちょん切ってしまったのですよ。
羽化して地面に出てきたカブトムシのツノを。
最近、草を地際で刈らないで少し残すことが多かったのだけど、たまたまそこはマルガリータ(丸刈り)仕様だったのね。刈払機の竿を払って次の動作に入ろうとした瞬間、何か地面が動いた気がして固まりました。はじめは何が起こったのかわからず、ゴルフスイングのような格好で固まったまま数十秒眺めていると、黒いつややかな物体がモゾモゾと這い出すのが目に入りました。ずんぐりとした立派な体格のカブトムシ。しかし、その頭にツノがありません。ツノがあった形跡だけがそこにはありました。
青ざめました。懺悔の気持ちに押しつぶされそうになりました。「なぜ、ドンピシャで鉢合わせるかなあ~、まったく!」逆切れしたくもなりました。
仕方なく。刈払機を車に戻してこようとその場を離れてから、ふと振り返るとその一部始終を電線から見ていたカラスが(羽化したてだからか、もしくはツノを無くしたせいなのか)まだ飛べないカブトムシを突いているではありませんか。
とりあえず、カラスを追い払い、カブトムシを草陰に退避させて、あとは運を天に任せて、逃げるようにおうちに帰ったのでした。
☆
「人を殴るのは、殴られた方も痛いけど、殴った方の拳も痛いって、昔からよく言うじゃないですか。」
「ツノを刈られた方も辛いけど、刈っちゃった方も相当辛いんだよ~。」
白い三角の布のカブトムシさんに、そのようにお話しして、ご納得いただく頃には、すっかり夜は白んでおりました。
皆様も農作業中の事故にはくれぐれもご注意くださいね。
(2022-7-29)
以前お世話したカブトムシ