結婚したら二宮に住もう!

にのみや どろんこLife

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蔵門の「にのみや どろんこLife2」

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「農ある暮らし」をライフワークにされている蔵門さんに、2016年4月から1年間にわたってコラムをお願いしてきました。
その後しばらくお休みされていたのですが、1年ぶりに再開していただくことになりました。蔵門さん、ありがとうございます!!
楽しみにしていたみなさん、お待たせしました~。(2018年3月)

vol.21「うりっす!」

 最近、毎回思うんです。このネタ、もうすでに書いてるんじゃないかって。だいたい、私の考えることなんてパターン決まっておりますし、今、「おっ」と思ったことを、3年前に「おっ」と思わないはずがない。ということで、珍しく、ちら~っと同じ季節の古いコラムを流し見してみたんですけどね。うん、やはり。近いとこついてるのあるある。Vol.9「野菜の癒し成分」なんて超近い。で、なんてことはない我ながらいいこと言ってるなあと自画自賛して終わりました。かまわず、書きます。

 雨に閉じ込められた休日、好きなんです。頭はどうにか覚醒している程度で、ぬぼ~っと台所に立っている時間が好き。
 とりたて、「料理が好き」というワケでも、「体に良いものを取りたい」なんて強い想いが先立ってるワケでもないんだけどね。ただ台所に転がる畑の野菜たちの声に憑き(!)動かされているのかもしれません。「もし、そこのあなた。煮るなり焼くなりして、さっさと成仏させておくれでないかい。」忙しい平日には聞こえないフリをしてきた声が大合唱で聞こえてきます。

 ほぼ思考は停止しつつも体は勝手に動くから、人間型野菜切りマシーンは目に入った野菜を片っ端から正確に刻み、思いついた順に、とりあえず人間が食べられる程度の料理に変えていきます。
 ついさっきまで、このマシーンの手にかかった野菜の一例をご紹介いたしましょう。
かぼちゃ、トウガン、ハヤトウリ、ゴーヤ、、、。な、なんとこれは、自分でハタと気が付いて、包丁を持つ手が震えました。こ、これは、瓜オンパレード・・・・。南瓜、冬瓜、隼人瓜、苦瓜、(胡瓜の欠品悔やまれます!)。うちの畑、ウリしかとれんのか~!確かにイノシシ被害が少なく手がかからない野菜といえばウリのほかに思い浮かばず、ウリに走るのも無理はありません。

 そういえば最近私、性格が「うりうり」してきてるし、顔も「うり顔(瓜実顔をもう少し崩した顔)」、体系も「うりっ腹」。もしかしたら、うりの接種過多かもしれません。

 とか、いろいろ考えているうちに、お料理が出来上がりました~。
ウリだけではあんまりと、頑張ってくれている他の野菜や保存野菜たちが色を添えます。冬瓜と鶏肉のスープ。かぼちゃとインゲンの煮物、ハヤトウリの一夜漬け(ゴーヤ、ミョウガあえ)、ゴーヤと赤玉ねぎの酢漬け。日本語で並べるとそれなりに聞こえるのが不思議です。
 ふふふ、これで2日間は、楽できるもんね~。
いやあ、充実の朝のひと時でした。おまけに、やめよう、やめようと思い続けている(Tさん、ごめんなさい!)ネタ切れコラムのネタも、硬い野菜を切った振動による脳への刺激で、浮かんじゃったもんね~。それもこれも、野菜のおかげ。さあって、ゴロゴロしましょーか。
(2021-9-20)

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ハヤトウリの赤ちゃん

vol.20「干し野菜」

 「クラモンです」
自虐ネタお笑い芸人(今は多方面で活躍してますが)の「ヒロシです」風にお願いします。
どーにも、クラモンらしくない日々が続きます。カラっとした、豪快な、竹を割ったような、という形容詞には程遠い性格になり果てて、早1年と半年。飛行高度で言うと、基本設定が元々非常に低いものですから、定期的に機首を持ち上げる操作を行っていないと、下降の一途です。
気の合う仲間と飲んでバカを言ったり、カラオケで思いっきり歌ったり。他人からみたら、なんだそんなこと?と言われそうですが、そんな他愛もないことが気持ちの切り替えにどれほど役に立っていたか、痛感する毎日が続きます。あ、そうそう最も危険なのは、天空の楽園(天国じゃないからね、高い山のこと)に行けてないことかな。年に数回、山で捨てていた諸々の憂いを、金魚のフンのごとく引きずって歩いています。ワタクシ、最近、性格ねちっこいです。

さて、こんまいネタ。先日、久しぶりにカップやきそばを食べた時の話。もそもそと食べているとジャリっとしたものが歯に当たって、ポーズ(一時停止)しました。気のせいかな?と思って食べ続けると、もそもそ、ジャリっ、もそもそ、ジャリっ、と続くんですね。そのジャリジャリ感が今の若者に受けていて、今やカップ焼きそばの常識的食感?とは、さすがに考え難く、そっと自分の胸に手を当てて考えてみました。
「あ、やべ。「かやく(乾燥キャベツ、乾燥紅ショウガ等)」と銘うったプチ袋、3分待って湯切りしてから入れた気がする。」(←思い出せただけ、ちょっと嬉しい。)
もとの姿に戻れなかったキャベツたちや、開発担当者の嘆きが聞こえるようです。
ハハハ、まあ、怪しいものではないことがわかったところで、そっと胸をなでおろし、完食いたしました。
ジャリジャリの振動が、うまい具合に脳みそを刺激したのでしょうか?遠い記憶が呼び覚まされて、箸を置いてお茶をすする頃には、図らずも食にまつわる記憶の糸を手繰ることにあいなりました。

私、学生の頃、山に登る集団に入っておりました。合宿と称して、しょっちゅうザックに衣食住を詰め込み山に出かけて行きました。ちょっと昔の話とは信じてもらえないことは承知の上なのですが、まだその頃は、テントはじめ全ての装備が、ハンパない重さでして、せめて食糧だけでも軽量化を!との思いから合宿前には一仕事おまけがついてたんですね。乾燥野菜作り。その頃は、アウトドアショップに食糧のコーナーはほとんどなく、自前で作るよりなかったわけです。狭い部室ではままならず、空き教室の片隅でトントンと野菜を刻み、東京のど真ん中の校舎の屋上に決して綺麗とは言い難いシートの上で野菜を干していました。(時々、新聞の上に干したものなんかもあって、後で鍋に文字が浮き上がるんですねぇ。怖いですねぇ。)
基本はジャガ、玉ねぎ、ニンジン。確かお米も研いで干した気がする。そんなこんなの干し野菜を、カレーやカレーやカレーにして山で食べていました。悲しいことにカレーの記憶が強すぎて、他のが掘り起こせないっ。そうそう、干し野菜とは関係ないのですが、真っ先に浮かぶ定番ご飯を一つご紹介。イカフライというイカの姿に似せたおつまみがあってですね。それをご飯にのせて天つゆをかけるだけ。我々は、これを「天丼!」と呼んで喜んで食べていました。いま、何を食べても大馳走に思えるのは、そういう過去の粗食のおかげなんだと確信しております。

たった、一杯の未完成のカップやきそばが、こんな思い出を呼び覚ますなんて、分らないものですね。
凄まじい勢いで原稿を書き上げました。この数か月、何度も書きかけて筆が進まずボツにしたネタたちには申し訳ありませんが、考えたものは浮かんだものには到底及ばないということ。これ真実です。
いざ、太陽をさんさんに浴びた干し野菜ネタ、白日の下に晒させていただきます。
(2021-7-18)

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vol.19「夜咄の茶事」

 茶道の世界に「夜咄(よばなし)の茶事」というものがあります。厳冬期(冬至から立春くらい)の夜に催される茶事で、凛とした空気、そしてかすかな蝋燭の光の中でもてなす側ともてなされる側が心の糸を紡ぎ、そして織り上げていく、そんな大人の遊びです。

 本当はこのネタは、先月、書くつもりでした。あんなことも、こんなことも、どひゃーっとあった、この2か月。「あ、あそこまで登れば、頂上だ!休める~!もうひと踏ん張りぞ。」と自分を励ましてたどり着いた場所は、ニセピークだった!(山の縦走であるあるです。)が延々と続きました。さらに険しい上りが続き、気が付くと、ナ、ナント、桜咲いちゃってるじゃないですか。そんな春真っ只中の下界に極寒の山から下りてきた遭難者のようで、多少の躊躇もありますが、そんなことを言っていたらこのコラムは続けられません。桜、見なかったことにして、このネタで突き進みます。

 もう15年くらい前になるでしょうか。庭師仲間で茶室を借りて「夜咄の茶事」を行いました。茶室の冷え切った空気。炭の爆ぜる音。釜の音。和蝋燭の炎のゆらぎ。かすかな光に浮かび上がる軸の文字、一輪の花。知らず知らずのうちに五感にこびりついた贅肉のような物を極限までそぎ落とした時、見えてくるものがあるとその時初めて知りました。
 「コロナ禍で、当たり前と思っていた暮らしができなくなり、本当に大事なものが見えてきた。」と多くの人が言います。私もその一人です。あの日の茶事で感じた想いと同じだなあと思うんですよね。
自分にとって、何が一番か。何が心地よいか。考えて出した答えではなく、直感を信じよう。そう思います。

 「いつか、やろう。」そう思って先延ばししていたことを、昨年末、始めることが出来ました。
 愛すべき吾妻山斜面に広がる、放置され荒れ果てた竹林(最終的には、山本来の姿である雑木林に戻せたらと思います。)の整備をしたくて、20年近くむずむずしていました。意を決し、地主を見つけ交渉し、仲間を集い、荒れ地に足を踏み入れる。たぶん、コロナ禍の心境の変化がなければ、未だに踏み出せず、むずむずを募らせていたに違いありません。

 「いつも癒してくれて、ありがとう。吾妻山に恩返しプロジェクト」などと勝手に名付けていますが、「この状況(山の荒廃)はヤバそうだ。」という自分の直観が原動力になっています。五感を研ぎ澄まし、自然の声に耳を傾けて、何年か何十年か先のことを思い描くと、行きつく先は「これは、たぶん、きっと、ヤバい。」なのです。そして何より、見ていて自分が心地よくない。

 先日、TVで大人のパンダが雪の斜面を滑って遊んでいる映像を見ました。ああ、この感覚近いなあってうれしくなりました。「恩返し」とか「ヤバい」とか、もちろんその気持ちは嘘ではないけれど、突き動かしている想いは「楽しい」からなのですね。枯れた竹を足でへし折った時の「パカーン」という音が林に響き渡ります。まさに、ボーリングのストライクに似た爽快感。腐葉土が雪のように積もった斜面を四つん這いになりながら登ったり降りたり、時にはパンダのように滑ったり。人間も動物も「楽しい」に理由なんてないんですね。実はこれ、私の目指す、どろんこLifeそのものなのです。
畑づくりや、植木切るのもメチャクチャ楽しいんだけどね。いやあ、山の斜面駆け回るの、ちょー、幸せっす!
(2021-3-24)

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私のような奴もいる

vol.18「蚊取り線香」

 「♪隠しきれない移り香が、いつしかあなたに染み付いたあ~(『天城越え』より」
 そうワタクシ時々、蚊取り線香くさい女と煙たがられます。
困ったことに、年々夏が長くなり、一年のうちの半分以上は腰に蚊取り線香をぶら下げて過ごしています。
 わかりますかしら。携行タイプのソレ。もう何十年も変わらぬ丸い形の着火式煙発生器です。「今時、虫よけスプレーや電子式でよくね?」とおっしゃる貴方!ダメなんです。一日中、蚊の猛攻に立ち向かう者にとって、それしきの物では、わが身を守り切れません。たとえその姿を見慣れぬ若者の失笑を買ったとしても、その丸いカンカンを手放すことはないでしょう。この世に蚊がいる限り!
 あ、ちなみにですが、線香なら何でも、というわけではありません。私は物心ついた時から(嘘です。)K社一筋。若干お手頃価格のA社の香りはどうにもいけません。一度だけ血迷って花の香りの物を買ってしまった時には、我慢に我慢を重ね、使い切るまでに数年を要しました。

 あ、ここまで来て重大なことに気が付きました。
「ちがうちがう、今回のテーマは蚊取り線香のつもりじゃなかったんだ!」
ソレに着火するのにいつも持ち歩いているライターのこと、書こうと思ってました。「だのに、何故?」困ったものです。導入部ですっかり燃え尽きてしまいました。
 ということで、珍しく「次回のネタはライターです」という予告を残し、今回はどろんこLife必携シリーズ第一弾、蚊取り線香の巻(!)で手を打つことにいたしましょう。タイトルを直し、ファイル名を変更いたしました。

 蛇足ですが、ワタクシごとを少々。まれに人に文章を頼まれることがあります。その時の注文で「短文でかまいません」というお言葉。それ、困ります。生産性のない無駄なことをダラダラと書くことに使命を感じている私に、「短文を書けとお~!?(ムキ~!)」となったりします。お気をつけください。

 さて、永遠に続くかに見えた、蚊の季節もようやく終わりを迎えそうです。
釣りの世界で『納竿』という言葉がありますが、冬の間、使い残しが湿気らないように私もそろそろ線香の納缶といたしましょう。高い樹上から落としたり誤って踏みつけたりとひどい仕打ちもしましたが、愛用品であることに嘘偽りございません。今年も本当にお世話になりました。
(2020-10-10)

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(Photo by m.o)


vol.17「”枯れる"」

 サトイモの葉っぱがね。何日も続く酷暑と雨不足のせいで、あちこちの畑で枯れてきました。周りが茶色に変わって、ガサガサと悲しい音を立てながら風に揺れています。
 鏡に自分の顔を映すとね。元々、あんまりなかった眼力(メジカラ)が、完全に消失し、肌もタル~んと揺れています。こちらは恐らく、暑さとコロナ禍で心の潤いを失っているせい。鏡の向こうで誰かが言います。「お前はもう、枯れている・・・。」いや~、参りました。
 山の木がね。ものすごい勢いで枯れています。軽トラで走り回る数キロ圏内を見回しても、我が家の窓から見える吾妻山の山肌でも、ナラ枯れ病が急速に進んでいるようです。

 久しぶりにどろんこLifeの原稿に向かいます。こんな酷暑こそ、背筋も凍るおどろおどろしいネタに乗せ、少しでも涼風をお届けできれば良かったのですが、いかんせんこちらも壊れています。「どよ~ん」の連鎖を招く「枯れる」三連発の書き出しとあいなりました。

 ところで、昨年のこの場で書いたカブトムシネタ、覚えてますでしょうか?
「今年はもう飼わない」と言っていたのに、懲りずに一匹だけお世話をいたしました。冬、やはりまた畑の堆肥に突き刺したスコップで掘り出してしまった幼虫が、それはもうものすごく大きかったわけでして。「これはきっとヘラクレスオオカブトに違いない。やったあ、自慢できるぞ~!」ルンルン鼻歌交じりに持ち帰りました。コロナ禍の自粛期間もこの飼育箱で気を紛らわせ、気が付くと半年以上の月日を一つ屋根の下で、共に暮らしてまいりました。
 もしかしたら、羽化を忘れ、土中でミイラ化してるんじゃあるまいかと、案じはじめた7月下旬、当初の期待を大きく裏切り、小型のオスが漸く顔を出しました。そしておまけに、すぐにひっくり返る。自分では起きあがれない弱っちカブトムシでありました。とにかく、山に送り届けるまではと、昨年の残りの昆虫ゼリーをちゃんこ状態で与え続け、体力をつけさせる日々。
 そんなこんなで、無事、8月のあたまに畑の栗の木に乗せてやるという別れの儀式を行いました。案じた通り、その“弱っち”は後ずさりして樹上から降りようとする始末。こんなんで、あとひと月の余生を森で過ごせるのかと心配して見守ること数分。ちゃんと入るのですね。野生のスイッチ。人(虫)が変わったかのように、グングン幹を鷲づかみして天を目指して登り始めるではありませんか。その背中には限られた命を生きる強さがみなぎっていました。その姿を見ながら、面倒くさいけど、飼ってよかった。「感動を残していきやがったぜっ!」

 やがて、栗の木のてっぺんに達し、初めてその羽を広げ森へ帰っていきました。めでたしめでたし。としたいところなんですが・・。ちょっと、まてよ。カブトムシのご飯はクヌギ、コナラ、ミズナラの樹液ではありませんか。で、冒頭のナラ枯れ病の被害はまさに、このナラ属の木なんだよね。
てーことは、これからカブトムシも生きられなくなる。
 ちょっとアトダシですが、夏休みの宿題です。ナラ枯れ病について、ちょっと考えてみませんか?犯人は、キクイムシです!なんていう単純なわけはなくって、もっとかなり複雑。で、できることなら、山で木が枯れている景色を見て、その不自然さ異様さに気づいてほしい。情報過多のせいか感度が落ち気味の「ん?何か変だぞ?」センサー。みんなで持ち続けたいなあと思います。
憂うことが山のようにある今日この頃ですが、いつも力をもらう自然が壊れたら、いつかは自分も枯死してしまう。どろんこLifeが一日でも長く続けられますように。
(2020-8-21)

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vol.16「いわくつき野菜のすすめ」

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vol.15「勝手に生えてる野菜の生命力」

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vol.14「嵐の前の、春の日に」

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vol.13「風邪っぴき」

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vol.12「恩返し」

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vol.11「実験!自然農法」

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vol.10「三月のホタル」

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vol.9「休眠期」

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vol.8「ひっかかっているもの」

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vol.7「どろんこLifeの始まり」

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vol.6「イノシシ」

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vol.5「きゅうり」

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vol.4「わかりやすい顔」

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vol.3「畑に向かう理由」

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vol.2「“こぶし”とり」

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vol.1「再びペンをとる」

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vol.15「さくら暦」

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vol.14 「味噌の仕込み」

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vol.13「佐島のわかめ」

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番外編「パッションフルーツ その後」

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vol.12 「ウコンのほりあげ」

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vol.11 「パッションフルーツ」

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vol.10 「田園の食卓」

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vol.9 「野菜の癒し成分」

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vol.8 「三大輪切王の季節」

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vol.7「とうもろこし競争」

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vol.6 「パンダなひとたち」

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vol.5 「ジャガイモ収穫いとたのし」

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vol.4 「ピヨピヨ」

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vol.3 「玉ねぎの季節」

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vol.2 「畑人(はたけびと)、走る!」

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vol.1 「タケノコ!ごろりん」

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蔵門のブログ http://scn-net.easymyweb.jp/member/kuramon/

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