にのみや どろんこLife
にのみや どろんこLife
蔵門の「にのみや どろんこLife2」

「農ある暮らし」をライフワークにされている蔵門さんに、2016年からコラムをお願いしています。
毎回興味深いテーマがたくさんありますので、バックナンバーもすべてお読みいただけるように編集しています。
vol.26「ドキュメント吾妻山」
今年も、吾妻山に菜の花の季節がやってまいりました。澄んだ空気にきりりと引き締まった富士山や箱根・丹沢の遠景だけでも圧巻なのに、そこに海の青と黄色い花たちが色を添えます。今日も、この絶景を一目見ようと山を目指すたくさんの人々とすれ違いました。ほんの束の間、この町はプチ観光地に変身です。
話は変わりますが、「ドキュメント72時間」というTV番組をご存じでしょうか?お店とか、公園とか、温泉とか、どこか一か所にスポットを当てて72時間定点(?)観察する番組です。普段は気に留めない日常のごくごく平凡な一コマを72時間ぶん拾い集めて、30分にギュギュっとまとめています。通りすがりの人たちは、それぞれの人生というドラマを持っていて、そんなちっぽけなドラマをそっと包み込むように、店があり、街があり、時間が流れていく。それを見ていると、人間という生きものも、まんざら捨てたもんじゃないなあと思えてくる。この番組が好きだという人を見つけると、ちょっとだけ嬉しくなります。
吾妻山の山頂に、大きなエノキという木があってですね。そのエノキがまるでそこに設置したカメラのように、見ているのですよ、何もかも。そしてそして何を隠そう、私は時々、そのエノキからいろいろなお話を聞かせてもらっています。吾妻山の頂上に、入れ替わり立ち代わりやってくる人間たち、動物たち、季節のうつろいで変わっていく植物たちのお話を。(これから出てくる人たちは、私もよくお見かけするので、間違いなく本物です。)
暗闇の中、躓きながら登ってきて、日の出前のピンクの空をカメラに収める人。望遠鏡を覗いて洋上に浮かぶ豪華客船を特定する人。遠く大山山頂から手鏡反射光でシグナルを送る仲間に歓声を上げる人。誤嚥防止の発声練習をするために毎朝欠かさず上ってくる人。空手をする人。子供たちにマジックを見せてあげる人。オカリナを吹く人。カラスと話す人。石の上で瞑想する人。ギターを弾いて誕生日の友人を祝う人。そうそう前述の番組のエンディング曲をウクレレで弾いて歌ってくれたお姉さんもいました。
何気ない話だけど、なんだか抱きしめたいくらいかわいい営みがそこにあります。できることなら私が、番組のディレクターになってまとめてみたいくらいです。場所は吾妻山山頂広場。サブタイトルは「エノキはみんな知っている」てな感じでしょうか?
時間帯も限られた上に、ここ最近の内容だけでも、ババーッとこんなもんですから、春夏秋冬、昼夜問わずウゴメクものたちの営みを編集したら、壮大なドキュメンタリー作品に仕上がること間違いなしです。
許可さえ下りれば、蔵門製作のこの番組にも、同じエンディング曲を使わせていただきたいと思います。「♪ちゃんちゃんちゃんちゃん」のメロディーの合図と共に、クライマックスの映像。月光が波の上でキラキラ光る海をバックに、大きなエノキのまわりを狸たちが踊っているシーン。その狸ばやしに合わせて木々たちが枝葉で手拍子しているシーン。
「この場所は、人間だけじゃなくってね。たくさんの命を包み込んでくれてたんだね。」エンドロールが流れます。
いやあ、そんなつもりはなかったんですが、いつしかドキュメント72時間・吾妻山編の制作構想(妄想)に話が飛んでしまいました。(あ、疑っていますね。大丈夫です。素面です。まだ昼間ですから。)こんなワタクシに新年早々、お付き合いいただきありがとうございます。
私のどろんこlifeの原点でもある吾妻山ネタで一年のスタートが切れて、一人勝手に喜んでいるクラモンでした。
いま、まさに汗をふきふき長い階段を上ってきている人たち、頂上で頬張るおにぎりをコンビニで選んでいる人たちに、今年も素敵なドラマが待っていますように。本年もよろしくお願いいたします。
(2023-1-6)
vol.25「夏はカブトムシ」
とことん寝苦しい7月の夜。ようやくウトウトした私は、トントンと玄関のドアをたたく小さな音で目が覚めました。時計の針は午前2時。まぎれもなく、丑三つ時の訪問者です。さすがにドアを開ける勇気も、「こんな夜中に、どなた~?」と明るく応答することもできずに息を殺していると、トントントコトンもう一度ノックの音が聞こえます。仕方がないので、玄関の方が見える窓をそーっと開けて気づかれないように覗いてみることにしました。
な、なんとそこには巨大カブトムシ。
「そういえば、数年前(バックナンバーvol.12参照)もこんなことがあったっけ~。」などと、明るくなごむには、その場に流れる空気があまりにも違うことに気が付きました。
黒い鎧は艶を失い、両前足は前にだらんと突き出して精一杯「うらめしや」のポーズを作っています。とどめは、頭の額に巻いた白い三角の布(『天冠』と言うそうですが)。一瞬にして背筋までクールになって、お陰で汗もすっかり引きました。
そーっと窓を閉めて、胸に手をやると、思い起こされることはただ一つ。数日前、白昼の畑で起きた出来事でした。
☆
畑でね、
刈払機で草刈りをしててね、
ちょん切ってしまったのですよ。
羽化して地面に出てきたカブトムシのツノを。
最近、草を地際で刈らないで少し残すことが多かったのだけど、たまたまそこはマルガリータ(丸刈り)仕様だったのね。刈払機の竿を払って次の動作に入ろうとした瞬間、何か地面が動いた気がして固まりました。はじめは何が起こったのかわからず、ゴルフスイングのような格好で固まったまま数十秒眺めていると、黒いつややかな物体がモゾモゾと這い出すのが目に入りました。ずんぐりとした立派な体格のカブトムシ。しかし、その頭にツノがありません。ツノがあった形跡だけがそこにはありました。
青ざめました。懺悔の気持ちに押しつぶされそうになりました。「なぜ、ドンピシャで鉢合わせるかなあ~、まったく!」逆切れしたくもなりました。
仕方なく。刈払機を車に戻してこようとその場を離れてから、ふと振り返るとその一部始終を電線から見ていたカラスが(羽化したてだからか、もしくはツノを無くしたせいなのか)まだ飛べないカブトムシを突いているではありませんか。
とりあえず、カラスを追い払い、カブトムシを草陰に退避させて、あとは運を天に任せて、逃げるようにおうちに帰ったのでした。
☆
「人を殴るのは、殴られた方も痛いけど、殴った方の拳も痛いって、昔からよく言うじゃないですか。」
「ツノを刈られた方も辛いけど、刈っちゃった方も相当辛いんだよ~。」
白い三角の布のカブトムシさんに、そのようにお話しして、ご納得いただく頃には、すっかり夜は白んでおりました。
皆様も農作業中の事故にはくれぐれもご注意くださいね。
(2022-7-29)
以前お世話したカブトムシ
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<にのみや どろんこLife2>
vol.24「ハカラメのススメ」
vol.23「ニンジン」
vol.22「哀愁のカネタタキ」
vol.21「うりっす!」
vol.20「干し野菜」
vol.19「夜咄の茶事」
私のような奴もいる
vol.18「蚊取り線香」
(Photo by m.o)
vol.17「枯れる」
vol.16「いわくつき野菜のすすめ」
vol.15「勝手に生えてる野菜の生命力」
vol.14「嵐の前の、春の日に」
vol.13「風邪っぴき」
vol.12「恩返し」
vol.11「実験!自然農法」
vol.10「三月のホタル」
vol.9「休眠期」
vol.8「ひっかかっているもの」
vol.7「どろんこLifeの始まり」
vol.6「イノシシ」
vol.5「きゅうり」
vol.4「わかりやすい顔」
vol.3「畑に向かう理由」
vol.2「“こぶし”とり」
vol.1「再びペンをとる」
<にのみや どろんこLife>
vol.15「さくら暦」
vol.14 「味噌の仕込み」
vol.13「佐島のわかめ」
番外編「パッションフルーツ その後」
vol.12 「ウコンのほりあげ」